写真と綱引き
わたしは愛の人間だ。朝起きて窓を開けた時に感じる風、パンを焼いたときの香り、友だちから借りたCD。電車の中で話している人たち、アイドル。世の中は素敵なものがたくさんあって愛しい。やさしい。
だから、自分は恋愛的にも、愛し愛されることが得意だと錯覚してしまった。森羅万象を愛すことと同列に誰かを上手に愛せると思っていた。
「君は、俺が君を好きと思う気持ちより、全然俺を好きじゃない。それが辛いから別れよう」と言われたことがある。家族にするように、友だちにするように「好き」「ありがとう」「ごめんね」と常に伝えて、手を繋いだりハグをしたりして、気持ちを伝えているつもりだった。大好きだった。
恋愛の愛はきっと「わたしはあなた以外はいらないし、これから先もきっとそうです。だからあなたの欠点も含めて愛しています」という気持ちをお互いに綱引きして、弛まず千切れないように共同作業でその空間を保つものだ。どちらかが100%でも50%ずつでも、その空間が保たれてさえいればずっと続く。
わたしがこれまで積んできた気持ちは「あなたはわたしを好きでなくても、あなたが好きです。ずっとそうかは分からないけれど、今この瞬間とてもすきです。」だった。未来の自分と相手を信頼できないから、独りよがりに思い続けることを正義として、愛と呼ぶ。自分のことを愛しているから、傷つくことから逃げてしまう。美しいと思った瞬間をひたすら映して、誰にも見せずに大事に取っているだけ。
なにもかもを委ねて許し許されて、この人はわたしが本気で綱を引いても手を離したりしないと思えるようになるまで、誰かと生きていく覚悟ができるまで、日々の生活を愛していこう。無花果のジャム、マリアージュフレールの紅茶、ヴィロンのクロワッサンを。
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たぬきち商店
生まれてこの方、売られた喧嘩にははじめから白旗あげている。わたしのフィールドではないから比べないし、批判もしない。最終的になりたい自分に近づければそれで満点です。
他人を妬ましく思ったことがない。怒ってもぶつけようと思ったこともない。育ってきた環境も考え方も違うのだから比べようがないし、わたしとあなたは全く別の個体です。
生きていて直接向けられる悪意ある視線に、言動に、驚き傷つくけれど、羨ましくもなる。きっと彼や彼女のフィールド上にはたくさん人がいる。クエストとかで経験値を上げたり、途中で仲間ができたりするのだろう。覚えた呪文で、わたしを仲間にするか討伐するか考えあぐねている。もしかしたらこの一撃は、ただの試し撃ちかもしれない。
さてこちらのコマンドは、逃げる一択です。あなたのゲームはバトル系かもしれませんが、こちとらひとりでどうぶつの森プレイの真っ最中なんで。走るとね、魚が消えちゃうの。魚を売ってね、家をおっきくするか、屋根の色を変えるか、お洋服を買うか迷っているところなの。なにも言わずゆっくり立ち去らせてはくれませんかね。
わたしたちみんなゲームをして生きている、その共通点に愛を見つけちゃだめですか?わたしは絶対に戦わないよ。これからは勝たないし負けない。
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日々の泡
自転車で市民プールに駆け出して、水の中で仰向けになるのが好きだった。鼻から漏れる水泡が太陽に反射してキラキラ上昇する。周りの話し声も聞こえない。息ができないことも忘れるくらいずっと上を見ていた。地上よりずっとずっと美しかった。
人魚姫が陸で生活することの代償としてその美しい声を失ったように、わたしたちも何かを得るときには知らず知らずのうちに何かを差し出している。差し出した結果、欲しいと思っていたものに裏切られたり欲望が増幅したり 全てがハッピーエンドとは限らない。選択は博打だ。
9月19日、わたしは24歳になった。この歳までにはこれをしよう、この節目にあれをしようと、幼い頃にみた夢や計画たち、成仏させてあげられなくてごめんなさい。アーメン。でも、大人になったから、お金と責任は自分で管理できるようになりました。これから自信がなくなったときに支えになるように、過去と未来へのわたしへのプレゼント。この虚しいような悲しいような気持ちは、わたしが救う。
静かで陽のよく当たる、やさしい自分だけの空間。内装は赤を基調としていて、テラスの付いている大きな部屋。現実逃避するには最高の場所だった。旅のお供として持ってきた本の表紙も、mameのスカートの差し色も、赤色で気分はさながらフランス映画の主人公。アメニティグッズはハーブの香りで統一されていて、こころのささくれが保湿されて柔らかくなった。
オーストリアに旅行したときにチロル地方で乗った以来のゴンドラ。歳を取ったので、怖くなっていたらどうしようと思ったけれど杞憂に過ぎず、(わーあ冒険みた〜〜い)なんて足をぶらぶらさせながら牛たちに手を振った。山を登り切ったところに足湯があって、歩いてなんかいないのに我先にと入湯した。自然の美しい景色を見ながら浸かる足が気持ちがよくて、白昼夢のようだった。
わたしからわたしへ、なにもしない時間のプレゼント。失ってきたものたちへの葬い。もうプールで仰向けになって空を仰ぐことは叶わないけれど、 あなたはあの頃と変わらず、自分で生きやすい場所を見つけられています。地上で、息をしています。
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客寄せパンダ
人生初の動物園は付き合ってもいない男の子とのデートだった。本当はムンク展に行こうと待ち合わせしたのだけれど、最終日だから空いているはずもなく、向かいにあるシャンシャンに望みを託した。果たしてこれはデートなのかな。何度かご飯に行ったりスカイツリーに登ったりした。彼は必ずうちまで送ってくれるし、お会計の時に「格好つけさせてよ」と言い払ってくれるのだけれど、はっきり言葉にしてくれた方が格好がいい。少なくともわたしには。
はじめから友だちになろうとか、これは恋愛として仲良くなれるかのお試しですとか、身体しか見てませんとか、事前に分かればいいのに。言ってくれればすぐに好きになったり、嫌いになったりできるのに。
「男の子とふたりで遊ぶよ」って言うと女子も男子も口を揃えて「デートじゃん」って言うけれど、わたしには分からない。なにも分からないから急にヤレるとか思われてしまうのかもしれない。そうか、自己決定権の問題か。何を考えているか分からないところが好き、だから振り回されたいと言われたことがある。そうか、あなたたちも何も分からないのか。一緒じゃん。
結局その日はシャンシャンは見れなくてずっと鳥のコーナーの前のベンチに座って珈琲を飲んでいた。彼は気を利かせてゴミを捨てに行ってくれた。その間ずっと名前の知らない鳥が籠の中で飛ぶのを見ていた。
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黄金色のステッチ
けれどもそれは何のためなの?どうせ生理がきたら汚れちゃうじゃん。洗濯したらボロボロになるし。コスパ悪くない?あたしは今日UNIQLOだよ〜!左の眉毛をクエスチョンマークのように、くいっと上げて彼女は言った。わたしの発言ひとつで変わる表情は、純粋で美しい魂の写し鏡。
最近ね、海外のブランドの下着を買うようにしたの。好きな人はいないし、友だちとの旅行の予定もないんだけれど。
理由は特にないのだけれど、強いて言うならずっとコンプレックだったパーツに、居場所を作ってあげたくなったのかもしれない。不可侵で、誰からも評価されない、気づかれもしないひとりだけのお城。一切の生活感から断絶された、美術館の展示のように完璧に作られた空間。普段のなさけないくらい甘くて隙だらけな姿とは全く別の、さながら気ままな猫みたいなフランス映画の主人公のような性格。
秘すれば花!と言うわたしに、彼女はなんだそれとケタケタ笑った。両眉と目尻が下がって、それがとても愛らしくて、生活感の愛のイデアみたいだと思った。あなたのような魂に近づけたら、お城にみんなを招待しよう。それまでは、わたしだけ。
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ラブリーに生きる
わたしたちは常に今が最高じゃん。
一生懸命に勉強を頑張っている学生さんも、手を抜いて友だちとタピオカ食べているあの子も、泣きながら通勤しているあなたも、キラキラ笑顔で笑う君も。
承認欲求がなんだってんだよ〜褒められたいし 褒めたいよ。だって本当にそう思ってるし、思ってなくたってその言葉がお守りになることだってある。馴れ合いとか思うような外野は黙っていてほしい。そのair podsを耳にはめて、好きな音楽でも聞いててくれるとみんなハッピー!イェーイ!!
自信は後からついてくる。生きていたら周りからの評価がついてまわる。しかもサイアクなのは批判する方が簡単で、まるであくびするみたいにご丁寧に注意するふりして、人格を否定してくる人もいる。だから周りに褒めてくれる人がいなかったら、その魅力に気づかないで一生を終えちゃうかもしれない。そんなのもったいないし、悔しくない?こんなに好きなのに。
字が綺麗だね、やさしいね、笑顔がすき、愛嬌があるね、タイプだな。もらった言葉、全部ぜんぶ宝箱にしまって、辛い時のお守りにしています。
永遠にいいねしあって、最高を更新しつづけて、ラブリーに生きる。そっちをわたしは選びます、そうじゃない人たちはね さようなら〜また会う日まで!
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波の形
わたしの声は、ちいさくて高い。大きな声を出そうと思うとふるえて少しみっともない。お店やさんで注文するときは1回では通らないから、友達や家族がオーダーしてくれる。でも電話口で「優しい声ですね」と褒められることもあるし、大きい音が苦手だから別に自分では困っていない。
「声が高い女は、男に媚びている」「背が小さいことを自慢している」「かわいいレースの洋服はモテを意識している」
ジェンダーに興味があると、しばしばこういう意見を目にする。わたし自身は男の人が苦手だから媚びている意識はないけれど、日本という環境がわたしの声を高くちいさくしたのかな?ナメられないように背も大きい方がよかったけれど、それを主張したら自慢に聞こえるのかな?白とかピンクとかレースが好きだけれど、これはモテたいように見えちゃうのかな?
要は、情報の取捨選択とブレない芯や軸のようなものが必要なんだと思う。だって他人の意見ばかり見ていたら、自分らしさがなくなってしまうもん。
わたしは人間観察が好きで、洋服や話し方でその人を分類しがちだけれど、これってとっても失礼なことだとも思っている。ギャルだからサバサバしているかって言われたらそうじゃないし、ワンレン黒髪でスポーツウェアを着ているから留学経験があるかって言われたらそうじゃないし、前髪が眉毛より短くてショートへアだったら代々木上原に住んでいるかって聞かれたらそうじゃないもん。
だから男の人が苦手だけれど全員が悪い人だとも思わないようにしているし、はじめに合わないかなと思うひとにも話しかけるようにしている。お店もお洒落な人しか入らない常連さんばかりのイメージがあっても、入ってみちゃう。機会は平等のはずだし、出会いを自分から狭めたくないから。
思想とか趣向とか、調べていくうちにこれわたしが好きって言っていいのかな?わたしは仲間じゃないのかな?って思うことがたくさんある。
「何者でもないわたしたち」みたいな言葉が流行っているけれど、なんとなくそれぞれのリンクする部分をつまみ食いして、なんとなく自分でいられることが出来ればいいのかなって思う。全部まるごと肯定してもらうのって大変だしなんか怖いから。別にいいじゃん、認めてもらえなくていいじゃん。
誰も教えてくれなかったから、今伝えるね。わたしもあなたも世間の中で、正々堂々と息できるようになるといいね。
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